多能性幹細胞の自己複製制御機構の研究 ~生命の基本原理を求めて~
- Akagi Lab

- 2021年11月3日
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更新日:4月1日
なぜこの研究が大切なのか?
私たちの体は、たった一つの受精卵から始まり、心臓や神経、筋肉など様々な細胞へと変化していきます。この驚くべき能力を持つのが「多能性幹細胞(ES細胞など)」です。ES細胞には、「自分と同じ細胞を無限に増やす力(自己複製)」と「あらゆる細胞に変わる力(多能性)」という、魔法のような二つの性質があります。
では、細胞の中で誰がその「スイッチ」を押し、誰がブレーキをかけているのでしょうか?この仕組みを解明することは、将来の再生医療の実現や、細胞が暴走して起こる「がん」の治療法開発に直結します。私たちは、目に見えない遺伝子やタンパク質の複雑なネットワークを一つひとつ紐解くことで、生命の設計図が正しく読み解かれるルールを明らかにしようとしています。
【執筆者】
赤木紀之
福岡工業大学工学部生命環境化学科教授
専門:幹細胞生物学、STAT3、C/EBP
多能性幹細胞の自己複製制御機構の研究
【1】司令塔たちの絶妙なチームワークの解明
ES細胞の能力を保つには、Oct3/4、Dax1、Esrrbという3つの主要な司令塔(転写因子)が重要です。私たちは、これらがバラバラに働いているのではなく、お互いに影響し合う「三角形のネットワーク(regulatory loop)」を作っていることを発見しました。解析の結果、①EsrrbはDax1を増やすアクセルの役割を果たすが、②増えすぎたDax1は今度はEsrrbの働きを抑えるブレーキになること、そして③これら3者が絶妙なバランスで協力し合うことで、ES細胞が勝手に変化しないよう自分自身を維持していることが分かりました。この発見は、細胞の状態を安定させるための「生命の自律的な制御システム」の一端を明らかにしたものです(Uranishi et al. Mol Cell Biol. 2013)。
【2】「がんとES細胞」を結ぶ共通遺伝子の発見
実は「どんどん増えるES細胞」と「増殖が止まらないがん細胞」には、驚くほど似た性質があります。私たちは、がん細胞で強く働く遺伝子ETV4/5が、ES細胞でも重要な役割を果たしていることに注目しました。ES細胞でこのETV4/5を働かなくさせると、細胞が「自分は何者か」という自覚(未分化状態)は保っているものの、増殖する力が著しく弱まり、他の細胞へ変化する力も鈍くなることが分かりました。これにより、ETV4/5は細胞の正体を決めるのではなく、「増殖」と「分化」というアクティブな能力をコントロールするスイッチであることが証明されました。(Akagi et al. J Biol Chem. 2015)。
【3】巨大な装置 esBAF による生存維持の仕組み
細胞内には、DNAの読み取りやすさを調節する「esBAF」という巨大な装置があります。私たちはその重要な部品であるBaf53aの機能を詳しく調べました。その結果、Baf53aをなくすと、細胞内で「自殺スイッチ(p53やCaspase3)」が勝手に入ってしまい、ES細胞が次々と死んでしまうことを突き止めました。さらに、普段は別の細胞で働く似た部品(Baf53b)を助っ人として導入すると、この細胞死を食い止められることも分かりました。これは、細胞が「うっかり死なない」ように守る、生命の巧妙なセーフティ機構を明らかにした研究です(Zhu et al. Sci Rep. 2017)。
【4】生存の守護神 GABPα による自殺スイッチの制御
細胞の生存と増殖に関わるGABPαという因子についても、ES細胞での役割を解析しました。解析の結果、GABPαをなくしたES細胞は、わずか2日で増殖が止まり、死滅してしまうことが分かりました。詳しく調べると、GABPαは細胞死を促すタンパク質p53が細胞内に蓄積するのを防ぐ「見張り役」として働いていることが判明しました。実際にp53の働きを薬や遺伝子操作で抑えてやると、GABPαがなくても細胞は生き残ることができました。GABPαがp53の暴走を抑える仕組みを解明したこの研究は、ES細胞の安定した培養や維持に欠かせない知見となります(Ueda et al. Stem Cells. 2017)。
【5】ES細胞で暴く、がん治療薬の「隠された顔」
ES細胞は、薬の新しい性質を見つけ出すための優れた「モデル」にもなります。私たちは、がん治療薬ベンダムスチンをES細胞に投与し、その反応を詳しく解析しました。がん細胞では「STAT3」という因子の働きを止めることが知られていましたが、ES細胞では(1)STAT3には影響を与えずに強力な毒性を示すこと、(2)さらに自殺スイッチのp53がなくても細胞を死滅させることを発見しました。また、この薬の効き目は細胞を育てる環境によって大きく変わることも分かりました。「がん治療薬が、実は私たちが知らなかった未知のルートでも細胞を攻撃している」というこの事実は、ES細胞を使うことで初めて見えてきた新しい科学的知見です(Aoki et al., BBRC 2025)。
以上に加え、様ざまな転写因子やエピゲノム修飾因子の機能解析を遂行した。これらの因子群がES細胞で転写因子ネットワークを構築し、ES細胞の自己複製制御機構を制御している可能性を見出した(Fujii et al. BBRC 2013; Ura et al. EMBO J. 2011; Ura et al. J Biol Chem. 2008ほか)。




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