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大学院のすゝめ -なぜ大学院に進学してまで研究することが大切なのか-

【1】はじめに

2022年度、私は本学大学院 生命環境化学専攻 専攻主任を務めております。その一環で、本学学生に大学院説明会として「大学院のすゝめ」を講義したことがあります。ここではその講義でお話した内容を紹介したいと思います。単に「授業料」や「就職率」といった表面的な話ではなく、「なぜ大学院に進学してまで研究するのか?」といった、核心的な話を最終目標とした説明会にしました。



【2】学位とはなにか

大学を卒業すると、卒業生には学位が授与されます。意識していない大学生が意外に多いのですが、卒業と同時に大学卒業生には「学士」の学位が授与されます。その後、大学院 修士課程(2年間)に進学し、その課程を修了すると「修士」の学位が授与されます。さらに大学院 博士課程(3-4年間)に進学し、その課程の修了時には「博士」の学位が授与されます。


また学位の後ろにカッコ書きで専攻分野が付記されます。学士(工学)、修士(理学)、博士(医学)といった感じです。


多くの大学教員や研究者は博士の学位を修得しており、博士の学位を持つことが大前提になっているケースがほとんどだと思います。大学教員や研究者を目指す人は、博士課程まで進学することが必要だと言えます。


このブログではその前段階である大学院 修士課程につて、もう少し詳しく考えてみたいと思います。


【3】「大学」は何をするところか

大学院の話の前に、そもそも「大学」は何をするところでしょうか?大学の使命は「研究」と「教育」そして「社会貢献活動」だと言えます。これは以前のブログ「大学は何をするところか」で、私の考えを詳しく紹介しています。ぜひ、そちらもご覧ください。

 

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【4】「大学院」は何をするところか

では大学院は何をするところでしょうか?ここでは修士課程について4項目に分けて考えてみたいと思います。博士課程については、また別の機会に紹介したいと思います。


■ 研究遂行 -研究課題には真摯に向き合おう-

「なぜ修士課程に進学したのですか?」と問われたら、どう回答したら良いでしょうか?この答えは単純で「研究したいから」だと思います。研究したいから進学したのですから、言われなくても研究します。学部に比べ講義は少ないので、その分たくさん研究できます。「就職」ではなく「進学」を選んだのですから、研究優先の生活スタイルに見直すことも必要かと思います。


研究課題に真摯に向き合う姿勢も大切です。これは学部生にも同じことが言えます。指導教員から与えられたとはいえ、自分の研究課題です。無限にある研究課題の中で、何かの巡り合わせで出会った課題です。その出会いをぜひ大切にして欲しいと思います。そして、その研究課題と関連分野のスペシャリストになることを目標に、背景をしっかり学び、研究の歴史を語れるのが理想です。


■ 論文読解 -大切なのは英語力ではなく専門知識-

英語の学術論文の読解にも是非取り組んでください。あまり古い論文ではなく、ここ数年の新しい論文が良いと思います。どういう論文を読んだらよいか分からないときは、話しやすい先生を見つけ、相談してみて下さい。すでに行きたい研究室が決まっていれば、その研究室から発表されている論文を読むのも良いと思います。


修士課程の学生の場合、できれば月に1本は読破したいところです。「読む」といっても、最初は相当な苦労があると思います。「月曜日の9時から10時は論文読解の時間」など、自分でルールを決めて、少し強制力を持たせるのが良いかもしれません。並行して、週に1つは最新の論文の要旨を読むのも大切です。誰もが知っているNature誌は、自然科学全ての分野を網羅した雑誌で、毎週発刊されています。要旨だけならWeb siteから読むことができます。


「自分は英語が苦手だから、ハードルが高い」と思う方が多いかもしれません。実は論文読解に必要なのは、英語力や読解力ではなく、専門知識だと思います。圧倒的に専門知識が不足しているから、論文が読み進められないのです。


例えばこんな英文があったとします。

We performed luciferase reporter assay to examine the promoter activity of the STAT3 gene.”


これを直訳すると、

我々はSTAT3遺伝子のプロモーター活性を検討するために、ルシフェラーゼレポーター解析を行った。


といった感じになるでしょうか。これは分子生物学的な基礎知識があれば、すぐにわかる内容です。でも分子生物学を十分に学んでいない人には、例え日本語で読んでも、何の事やらさっぱり分からないと思います。英語論文を読むことで、自分の知識不足の領域を見つけ、そこを自分で調べ理解することが論文読解の大切なところです。


 

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(Lab BRAINSに掲載された記事)

 

■ 研究発表 -学会発表を目指そう-

実験をして、データがたまって、ある程度ストーリーが構築できたら、ぜひ学会発表を目指しましょう。学会に参加したことのない人は、もしかすると恐縮してしまうかもしれません。大きな会場、多くの聴衆、大きなスクリーン、自分のプレゼンファイルの共有・・・。そんな場面を想像するだけで緊張が走りそうです。


しかし、学会発表は口頭発表だけではなく、ポスター発表という形式もあります。広いポスター会場に何百というポスターが掲示され、いろいろな人が自由にポスター会場を回ります。発表者は自分のポスターの前に立っていて、何か質問をされた時に答える、という形式です。修士課程では一度はポスター発表を経験してもらいたいと思います。質疑応答を通して、全く新しい発想を得ることができます。

 

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■ 求められるレベル -だから大学院に進学する価値がある-

さて、大学院も自分で自由に選べます。入学試験を受験し合格すれば、その大学院に進学できます。では、どこの大学院に進学したら良いでしょうか?


学部から修士課程への進学で大学を変える人も沢山います。「自分は〇〇研究がしたくて、□□先生のもとで研鑽するんだ!」という明確な目的がある人は、他大学の大学院を目指して良いと思います。


一方、博士課程までの進学は考えず、修士課程のみを考えているのであれば、自分が学部時代を過ごした研究室に進学することを私はお勧めしています。これにはいくつか理由があり「卒業研究の続きができる」「内部進学者との差」「就職活動の問題」「進学先の指導教員との関係」などなどが挙げられます。この辺りは、また別の機会に詳しく紹介したいと思います。


では、大学院修士課程の修了者には、どういうレベルが求められるでしょうか?


「データを整理整頓し、まとめられるか?」、「プレゼン能力は十分あるか?」、「英語論文は読めるか?」、「データをもとに、客観的に評価できるか?」、「“何のためにその研究をしているか”を分かりやすく語れるか?」、「どれほど真摯に研究に取り組んだか?」など、この辺りが研究遂行能力に加えて、評価されるのではないかと感じています。


大学4年間でこれらの能力が養えれば良いのですが、レポートや課題に追われ、サークルやバイトで忙しく、なかなかここまでの訓練ができないのが現実ではないでしょうか?だからこそ、私は大学院に進学する価値があると強く思っています。研究を通して、こういった能力が養えれば、社会に出たときに強力な武器になるのではないでしょうか。


【5】 なぜ研究が大切なのか

では、なぜ大学院に進学してまで研究をすることが大切なのでしょうか?研究を通して、自分の能力が開発できるのは魅力的です。でもそれだけでしょうか?ここでは、もう少し視野を広げて考察してみたいと思います。


■ 研究の「楽しさ」と「大切さ」 -達成感、ワクワク感、優越感を味わえる-

研究の楽しさをうまく伝えることはなかなか難しいと感じています。実験の8-9割はだいたい失敗で、残りの1-2割が成功するからです。そんな1-2割の成功の中に見出せる「楽しさ」とはなんだと思いますか?


達成感 - 実験を始める前には「きっとこうなるだろう」という仮説を立てます。その仮説通りの結果が出たとき、「やっぱり、そうだったのか!」という達成感を味わうことができます。


ワクワク感 - 仮説通りの結果が出なかったとき、それは落ち込む瞬間ではなく、ワクワクする瞬間です。「この試薬を加えれば細胞は死滅するはずなのに、全く死なない。もしかして、何か自分の知らないメカニズムが、この細胞の中にあるんじゃないのか!?」そんなワクワク感を楽しむことができます。


優越感 - 世界で初めて真実を解明する瞬間に立ち会えます。「そうか!この細胞にはこういうメカニズムがあったから、試薬を添加しても死ななかったのか!もしかして、この真実を知っているのは世界で自分一人だけなんじゃないのか!?」 そんな優越感に浸ることもできます。


達成感、ワクワク感、優越感、こういった感覚は他の活動ではなかなか得ることのできない楽しさだと思っています。


研究の大切さは、いろいろな先生から発信されています。特に私が共感したのは、東京大学の横山広美先生の記事「"役に立たない"基礎科学が大事なワケ」です。この記事は2014年に公開されたものですが、今なお核心を突いた分かりやすい記事だと思います。ぜひ、ご覧頂ければと思います。


では私が思う「大切さ」とはなにか。次の「国際競争と日本の現状」で少し考察してみたいと思います。


■ 国際競争と日本の現状 -日本は国際競争に負けている!?-

日本の科学研究は世界からどのように評価されているでしょうか?「科学技術立国日本」という言葉があるくらいですから「きっと高い評価を受けているに違いない」と思いがちです。でも実は2017年のNature Indexによると日本の科学研究はこの10年間で失速したと言われています。2023年のNatureの記事でも、再度「Japanese research is no longer world class」と掲載されています。大学院進学者の減少、研究費の削減、大学教員の研究時間減少などなど、一つの理由ではなく、様々な要因が積み重なって今の状況になったと考えられています。それに伴い、我が国の国際的な競争力も停滞していると指摘されています。


国際的な競争力が低下し、日本が諸外国に“負ける”とどうなるのでしょうか?外国から新しい製品が生まれ、外国産のものばかりが売れてしまいます。最近の例でいうと、新型コロナウイルスに対するRNAワクチンがそうでしょうか。これは外国の企業により開発されました。我が国はこのワクチン購入のため何千億円というお金を支出しています。もし日本でワクチンが開発できていたら、諸外国からその額のお金が日本に入ってきていたのかもしれません。もしそうなっていたならば、国内での雇用が増え経済も回復し、我が国の教育・子育て・医療など、様々な社会福祉制度の充実が図れたかもしれません。


一方で2023年のNature Indexでは「日本の発表論文数に回復の兆しが見られる」とも報じられ、必ずしも悪い話ばかりではないのも事実です。


■どうやって競争に勝つか -人材育成がカギ-

日本は島国で面積も小さく資源に乏しい国です。地面を掘って天然ガスや石油でも出れば、それを輸出し、日本製品を売らなくても、経済的に安定が期待できたかもしれません。残念ながら、我が国はそういった資源がほとんどありません。


では、どうやって国際的な競争力をつけてゆけば良いでしょうか。


私は「人材育成」が競争力強化のカギだと考えています。人を育て世界で活躍できる人材を輩出することで、日本の競争力を回復できないかと考えています。そしてキーワードは「多様性尊重」「異分野融合」「国際連携」だと思います。このようなマインドを常に念頭に置いた人材を育成することで、日本発のイノベーションを生むことが期待できないでしょか?幸い日本には基礎的な教育システムは整っています。このシステムをもっとうまく活用し、国際競争に立ち向かえる人材育成の推進が肝要だと考えています。


幸いなことに、私が所属している生命環境化学科は、化学を基礎として、環境・物質・生命・食品の4つの柱を学修することができます。一見、バラバラな学術領域に見えますが、これらを有機的に結びつけることで、異分野融合が実現できるのでは、と期待しています。


また海外日本人研究者ネットワーク(UJA)でご一緒している山田かおりさんが、とても興味深い記事を執筆されています。「低迷する日本の研究力…米国に渡った研究者が思う”日本の希望”」というタイトルで、日本の問題点と改善点について提案されています。こちらも、ぜひご覧ください。


【6】おわりに

皆さんは自分の「Mission, Vison, Value (MVV)」を考えたことはありますか?多くの組織や団体が、それぞれの活動の柱となる使命、理念、行動指針をMVVとして掲げています。最近では当研究室もMVVを策定し、大学生や大学院生が当研究室で活動する際の基軸としてもらっています。


実はこれは、組織や団体のみならず、個人レベルでも掲げても良いと思っています。皆さん自身の使命、理念、行動指針を考えることが、自分の人生を歩む「道しるべ」になるのではないでしょうか?


まずは大学生の皆さんには大学院に進学し、腰を据えて研究に取り組む時間を作って欲しいと強く思っています。そして研究を通して自分自身を育て、いろいろなことを考えて欲しいと思います。自分のMVVの策定もその一つだと思います。その上で社会に出て、何か日本のチカラになって欲しいと思っています。一度、大学院進学の可能性を見つめなおしてみませんか?






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