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第2部 トランプ政権下の米国研究機関と大学(2025年3月末時点)

  • 執筆者の写真: Akagi Lab
    Akagi Lab
  • 3月24日
  • 読了時間: 7分

更新日:3月28日

トランプ政権移行後の米国で進む変革について、公開されている報道資料を引用する形式でまとめたブログを公開しました。第1部「DEIプログラムの設立から廃止まで」、第2部「トランプ政権下の米国研究機関と大学」、第3部「留学生・研究者への影響」の視点から現状を整理しています。

本ブログは、あくまで日本国内から入手可能な報道情報のみに基づく個人的な分析であり、現地の実態をすべて網羅できているわけではありません。情報の偏りや見落としがある可能性も十分にあることをご理解ください。最新かつ正確な情報については、複数の情報源や公式発表を直接ご確認いただくことをお勧めします。米国の教育研究動向に関心のある方々の参考となれば幸いです。

【1】はじめに

2025年3月、米国のアカデミア界は大きな転換点を迎えています。トランプ政権が進める一連の政策変更により、長年世界をリードしてきた米国の研究体制に重大な変化が生じています。このブログでは、2025年3月末までの報道に基づき、米国の大学や研究機関における現状と、留学を検討する日本人学生への影響について整理します。

 

【2】研究機関への資金削減と人員整理

① NIH(国立衛生研究所)への影響

2025年2月7日、トランプ政権はNIH(国立衛生研究所)が大学や研究機関に支払う間接経費(オーバーヘッド)を大幅に削減すると発表しました。具体的には、従来平均約30%だった間接経費率を一律15%に引き下げるという内容です[1]。

 

間接経費とは、研究施設の維持管理費や事務管理費など、研究を支える基盤的経費として研究機関に支払われるものです。NIHは世界最大の生物医学研究の資金提供機関であり、2023年には間接経費として約90億ドルを支出していました[1]。

 

この政策変更に対し、主要大学や医学研究センターの連合体である政府関係評議会(COGR)は「生命を救う研究やイノベーションを麻痺させる確実な方法だ」と反発しています[1]。また、22州の司法長官が訴訟を起こし、この削減が「即時かつ壊滅的」な影響をもたらし、解雇、臨床試験の中断、研究の混乱を招くと主張しています[1]。

 

さらに、2月には助成金審査会議が事実上停止され、NIHの年間470億ドルの予算の大部分が支出できない状況に陥っています[2]。トランプ政権は助成金審査会議の開催に必要な連邦官報への告知を禁止するという「抜け穴」を利用しており、これによって審査手続きが進まなくなっています[2]。

 

また、NIHでは約1,100人の従業員(全体の約6%)が解雇されました。これらの人々の多くは、助成金申請の審査や管理を担当する職員でした[2]。ただし、3月にはこれらの解雇された職員のうち250人(テニュアトラック研究者15人を含む)が職場復帰を果たしています[11]。これはNIH長官代理のマシュー・メモリ氏が保健福祉省に対して復職を訴えた結果とされています。

 

NIHの新長官候補として、スタンフォード大学の保健経済学者ジェイ・バタチャリヤ氏が指名されました。バタチャリヤ氏は上院公聴会で「NIHおよびNIH助成金を受ける科学者が研究を行うために必要な資金を確保することに尽力する」と述べましたが、詳細な対応策については明言を避けています[4]。

 

② NASA(航空宇宙局)への影響

NASA(航空宇宙局)も大きな組織改編を迫られています。3月10日、NASAは突如、チーフサイエンティスト(主任科学者)室、技術・政策・戦略局、多様性・公平性・包摂性部門を閉鎖し、23人の職員を解雇しました[8][9]。

 

特にチーフサイエンティスト室は、NASAの最高指導部に独立した科学的助言を提供する役割を担っており、数十年の長きにわたって存在してきた部署です[9]。一部の職員は「戦略的思考が失われる」と懸念を表明しています[8]。

 

③ 教育省と教育関連機関への影響

3月5日、トランプ大統領は長年の目標であった米国教育省の廃止を目指す大統領令を準備していると報じられました[5]。

 

また、教育省内の教育科学研究所(IES)では大規模な人員削減が行われ、800億ドルの年間予算を管理していた184人の職員のうち、数十人しか残らない状況になっています[10]。IESは米国教育の状況監視、学業成績向上のための研究資金提供、教育プログラムの有効性評価などを担当する機関でした[10]。

 

表1. 研究機関の人員削減状況

機関

削減人数

組織全体に対する割合

備考

NIH

(国立衛生研究所)

約1,100人

約6%

一部(250人)が後に復職

NASA(航空宇宙局)

23人

不明

チーフサイエンティスト室など3部署閉鎖

IES(教育科学研究所)

約150人

約80%

184人中数十人しか残らない状況

ジョンズ・ホプキンス大学

2,000人

不明

公衆衛生分野の対外援助活動縮小による削減

 

【3】大学への影響

① 助成金削減の影響

政府からの助成金削減を受け、多くの名門大学が支出削減に動いています。ハーバード大学は教職員の新規採用を凍結し、ペンシルベニア大学は大学院生の受け入れ枠を縮小しました[12]。

 

ハーバード大学のアラン・ガーバー学長は、トランプ政権の政策が大学運営予算に与える影響が明らかになるまで「財務の柔軟性を維持する必要がある」と説明しています[12]。

 

また、ジョンズ・ホプキンス大学は公衆衛生分野での対外援助活動を縮小し、関連職員2,000人を削減すると発表しました。同大学によれば、トランプ政権が米国際開発局(USAID)を事実上閉鎖したことで、8億ドル(約1,200億円)の資金を失ったとのことです[12]。

 

コロンビア大学に対しては、キャンパス内での反ユダヤ主義的活動への対応が不十分として、総額4億ドル相当の契約や助成金が取り消されました[6]。公民権団体はこの削減が適正な手続きを経ておらず、言論の自由に対する違憲行為だと主張しています[6]。

 

② 科学界の反応

これらの政策変更に対し、3月7日には「科学のための立ち上がり(Stand Up for Science)」集会が米国各地とヨーロッパの都市で開催され、数千人の研究者や科学支援者が抗議しました[7]。集会では「科学者は沈黙しない」「恐怖よりも事実を」といったスローガンが掲げられました[7]。

 

米科学誌サイエンスのホールデン・ソープ編集長は、「連邦政府から才能のある人材が次々と排除され、専門知が失われてしまいかねない状況」だと危機感を表明しています[13]。

 

また、米国大学協会(AAU)や米国教育協議会(ACE)などの団体は、NIHの助成金削減が「医療研究のリーダーとしての米国の世界的な地位に打撃を与える」と抗議し、削減の停止を求める訴訟を起こしています[12]。

 

表2. 予算・資金削減の状況

機関・項目

現在/基準値

削減額/削減後

削減率

備考

NIH間接経費率

平均30%

15%

50%

90億ドル相当(2023年実績)

NIH年間予算

470億ドル

不明

不明

助成金審査会議停止により大部分が支出不能

コロンビア大学助成金

50億ドル以上

4億ドル削減

約8%

4億ドル削減(医療・科学分野研究向け)

ジョンズ・ホプキンス大学

不明

8億ドル減

不明

USAIDの事実上閉鎖による損失

NSF(推定削減計画)

90億ドル

40億ドル未満

55%以上

バウト政策提案(2023年)による推定

 

【4】まとめ

トランプ政権下での米国科学研究への資金削減と人員整理は、長期的には米国の研究力や国際的な科学リーダーシップに影響を与える可能性があります。留学を検討する学生にとっては、これらの最新動向を踏まえつつ、自身の研究分野や将来計画に合わせた判断が求められるでしょう。

 

同時に、科学界からの反発や訴訟も多数提起されており、一部の解雇された科学者が復職するなど、今後の政策変更や法的判断によって状況が変化する可能性もあります。留学を検討する際には、最新情報を常に確認することをお勧めします。

 

【5】引用リスト

[1] "NIH slashes overhead payments for research, sparking outrage and lawsuit" Science.org, 2025年2月7日


[2] "Revealed: NIH research grants still frozen despite lawsuits challenging Trump order"

Nature 638, 870-871, 2025年2月20日


[3] "Trump team orders huge government lay-offs: how science could fare"

Nature, 2025年2月28日,


[4] "Trump's nominee for NIH chief talks frozen grants and fostering 'scientific dissent'"

Nature, 2025年3月6日,


[5] "Trump to order US Education Department abolished, WSJ reports"

Reuters, 2025年3月6日


[6] "トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユダヤ主義の疑い"

Reuters, 2025年3月9日


[7] "'Scientists will not be silenced': thousands protest Trump research cuts"

Nature, 2025年3月7日


[8] "NASA begins mass firings of scientists ahead of Trump team's deadline"

Nature, 2025年3月11日


[9] "NASA、チーフサイエンティスト職を廃止 政策局など閉鎖"

Reuters, 2025年3月11日


[10] "Layoffs gut research agency that helped monitor U.S. education"

Science.org, 2025年3月13日


[11] "NIH reinstates some of its early-career scientists"

Science.org, 2025年3月13日


[12] "米名門大、進む支出削減 政府の助成金削減を警戒 教職員の採用中止/2000人削減"

日本経済新聞, 2025年3月15日


[13] "トランプ再来で科学大国の座失う米国 サイエンス編集長が語るカオス"

朝日新聞, 2025年3月17日




 


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